大判例

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最高裁判所大法廷 昭和25年(あ)2567号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人笠原房夫の上告趣意について。

第一点 原判決はその理由において、第一審が被告人を懲役六月、三年間執行猶予に処したのは、量刑いささか重きに失するから論旨は理由があり、第一審判決は破棄を免れないと説明し、かつこれと反対に第一審判決の量刑が軽きに失すると主張する検察官の論旨は理由がないと説示している。そして、原判決はその結論において、被告人を禁錮三月に処したのである。そこで、第一審の言渡した懲役六月、執行猶予三年間の刑と原審の言渡した禁錮三月の刑とはその何れが重いかの問題を生ずる。ものを形式的に考えれば、法定刑の軽重と同様に懲役は常に禁錮より重く(刑一〇条、九条)、また刑の執行猶予の言渡は刑そのものの言渡しではなく単に刑の執行に関する形態の宣告に過ぎないと見られるであろう。しかし、本件において第一審の刑と第二審の刑とを実質的に考察すると、第一審における執行猶予の言渡は重要な要素であって、執行猶予の場合は現実に刑の執行を受ける必要はなく、かつ言渡を取消されないで猶予の期間を経過したときは刑の言渡そのものが効力を失うこととなるのである。それ故に、実質的には執行猶予のもつ法律的社会的価値判断は実際において高く評価されており又さるべきものである。かくて、本件において第一審の懲役六月が第二審において禁錮三月に変更されているにかかわらず、前者には執行猶予がつけられていたが後者にはこれがつけられていないのであるから、この具体的な両者の刑の比較の総体的考察において、原審の刑は重くなっていると言わなければならぬ。そうなると、原判決は理由においては、第一審判決は重すぎるから軽くすべきだと言いながら、その結論である主文においては却ってより重き刑を盛ったことになり、理由と主文に食違いが存在する。この違法は、、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる場合に該当するから、論旨は結局理由があり原判決は破棄を免れない。

よって、その余の論旨に対する判断を略し、刑訴四一一条一号、四一三条により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官沢田竹治郎、斎藤悠輔、藤田八郎、岩松三郎を除く裁判官全員の一致した意見である。

裁判官斎藤悠輔の意見は次のとおりである。

第一審判決が被告人を懲役六月に処し三年間その刑の執行を猶予したこと、これに対し検察官は量刑軽きに過ぎ刑の量定著しく不当であるとし、また、被告人は事実誤認であり且つ罰金刑が相当であるから刑の量定が不当である旨の理由でそれぞれ控訴の申立をしたこと、並びに、原判決が被告人の事実誤認の主張を排斥したが量刑いささか重きに失するとの理由で被告人の控訴を理由ありと認め原判決を破棄し被告人を禁錮三月に処し、なお、検察官の控訴を理由なきものとし主文において検察官の控訴を棄却する旨言渡したことは所論のとおりである。

しかし、かように第一審の言渡した単一刑の量定が不当であることを理由として(刑訴三八一条参照)検察官並びに被告人の双方から控訴をした場合に(事実誤認を理由とする場合も同一)原控訴裁判所が第一審判決の刑を重きに失するものと認めるのは結局第一審判決の刑の量定が不当であると判断するものであって、重いということは量刑不当の判断の根拠となった一理由たるに過ぎないものであるから、反対の根拠に立って量刑軽きに過ぎるが故に刑の量定が不当であると主張する検察官の控訴は、単に同一控訴理由の根拠を異にするに過ぎず、従って、その控訴も同時に理由あるに帰するものであるといわなければならない。従って、控訴裁判所は判決の理由において説明するは格別原判決のように主文において検察官の控訴を棄却する言渡を為すべきものではない。ことに判決主文は結論たる判断であって、控訴理由は第一審判決の当否すなわちこれを破棄すべきか否かの結論たる判断に至る理由たるに過ぎないものであるから、数個の控訴理由ある場合でもその数個の控訴理由の有無を判決理由中で説明するは格別判決主文において一々これを示すべきではない。従って、本件のように控訴理由の一つである被告人の量刑不当の主張が理由ありと認めるときは、単にその理由だけで原判決を破棄した上、或は事件を原審に差し戻し若しくは移送し、又は改めて自ら被告事件について新らたに実体判決をなすべく、その外更らに他の控訴理由のないこと又は検察官の控訴理由の有無等を判決主文において一々裁判すべきでない。されば、原審が本件において被告人の量刑不当を理由とする控訴を理由ありと認め主文において第一審判決を破棄しながら、同時に主文において、検察官の控訴を棄却する旨の裁判(すなわち原判決は破棄すべきものでないとの結論たる判断)を言渡したのは失当であって、原判決は第一審判決の当否についての結論的判断につき主文において齟齬するか又は少くとも検察官の控訴を棄却する旨の言渡は破棄された被告事件の実体的裁判を為すについては無意味に帰するものといわざるを得ない。(検察官の控訴が理由なしとして棄却されても検察官が控訴をした以上被告事件そのものが刑訴四〇二条にいわゆる被告人が控訴をし、又は被告人のため控訴をした事件だけになったとはいえない。)果たして然らば原審では第一審判決を破棄して改めて自ら事件の実体につき判決する以上その量刑については本来刑訴四〇二条の適用制限がなく、自由にこれが量刑をなし得べき立場にあったものというべく、従って、仮りに原判決の量定した刑が第一審判決の言渡した刑より重いとしても刑訴四〇二条に違反する道理がなく、それ故本論旨は刑訴四〇五条に当らないのは勿論同四一一条一号所定の法令違反であって原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認め難い。それ故、所論は、既にこの点において採用すべからざるものである。

次に刑の軽重は、宣告刑の場合でも刑法一〇条によるべきことは既に定期刑と不定期刑との軽重に関する案件において私見として示したところである。(判例集四巻三号三四四頁以下参照なお刑訴四〇二条、四七四条を見よ。)されば、本件において原判決の禁錮三月が第一審判決の懲役六月に比し軽いことは刑法一〇条一項により明白である。そして、懲役又は禁錮若しくは罰金の刑とこれらに執行猶予を附した場合の刑とは後者が軽い刑と認むべきことは条理上是認されないことはないけれども(旧々刑訴二六五条第一項に関する大正八年(れ)第一七六二号同年一二月八日大審院第一、二、三刑事聯合部判決判録二五輯一二三八頁参照、)執行猶予を附した懲役刑とこれを附さなかった禁錮刑(懲役の長期の二倍を超えないもの)又は執行猶予を附さない罰金刑といずれが軽きか重きかについては、これを定むべき特別な法律上の標準がなく、従って、各人の主観的恣意に任ずべきではなく、執行猶予の本質から論ずるの外はない。すなわち本来執行猶予の言渡は民事判決の執行停止処分と同じく本案である刑そのものの言渡には関係がなく、言渡された刑の執行に関する処分であり、従って、性質上刑の言渡の軽重に関係がなく、ただ猶予期間を猶予の言渡を取り消されることなく経過することにより、遡って刑の言渡がその効力を失う恩赦的な効果を生ずる附随の処分たるに過ぎないものである。(その沿革については重要判例である当判例集第一、二巻索引末尾添附刑事判例集二巻一二号一六六〇頁の一一頁一二頁私見参照)されば、第一審判決の主刑(主として懲役刑)を軽き他の刑種(主として罰金刑)に変更するにおいては、第一審判決の主刑に執行猶予の附随処分がなされている場合でも重き刑を言い渡したことにならないと解すべきことは旧刑訴以来行われ来った裁判所の慣行である。(旧々刑訴二六五条ニ所謂原判決ヲ変更シテ被告人ノ不利ト為ストハ判決主文ニ於テ科刑其他被告ノ負担ヲ原判決ニ比シ重カラシムルノ謂ニシテ刑ノ執行猶予ノ言渡ヲ為スト否トハ常ニ其刑ノ言渡ヲ為ス裁判所ノ自由裁量ニ属スルヲ以テ所論原判決ハ不法ナリト謂フヲ得スとの大審院大正七年(れ)第一二〇三号同年五月二八日宣告判決録二四輯六〇二頁参照。なお当裁判所第二小法廷裁判長裁判官霜山精一、裁判官小谷勝重、同藤田八郎は第一審が懲役一〇月の刑を言い渡し被告人だけが控訴した事件について第二審が懲役一年四年間執行猶予の刑を言い渡すことは旧刑訴四〇三条にいわゆる「原判決ノ刑ヨリ重キ刑」を言い渡した場合にあたるとして原判決を破棄している。(判例集四巻三号三〇五頁以下参照)そして、その点に関し特に立法上の改正がなされていない場合には従来の慣行に従うのは当然である。それ故、何等特別な立法的改正のない本件においては原判決はこの従来の慣行によったものというべく、従って、原判決が第一審において執行猶予された懲役六月の刑を単なる禁錮三月に変更したからといって必ずしも刑訴四〇二条に違反したものということができない。それ故この点からしても原判決には刑訴四一一条一号の法令違反は存しない。

裁判官沢田竹治郎、藤田八郎、岩松三郎の意見は次のとおりである。

原判決が本件につき被告人を懲役六月(但し三ヶ年間執行猶予)に処した第一審判決を以てその量刑いささか重きに失するとして、第一審判決を破棄しながら、原判決自ら被告人を禁錮三月に処したのは、刑の軽重を比較考量するにあたり、刑の執行猶予を度外視して考えた点において、原判決に違法のあることは多数説と同じくこれを認める。しかしながら、本件については、右第一審判決に対して検察官からも量刑の不当を理由として控訴の申立のあった事案であるから、原審が自ら本案を審理した結果、被告人を禁錮三月に処するのを相当とみとめ、その刑を言渡したことはもとより法の許容するところであって何等違法はない。要は原判決の一審判決破棄の理由とするところに、刑の軽重に関する法の解釈を誤った違法があるに過ぎないのであるから、かかる場合刑訴四一一条に従って、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認むべきでなく結局本件上告は棄却すべきものと考える。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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